屋久島で縄文杉を見に行かなかった理由
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現実的には単純往復で10時間もかかる上、撮影に集中すると同じ場所に長時間いてしまうため。帰りのバスに乗り遅れる危険性が高いから。
であるが、
本質的には、
ある一つの象徴的な目的地を目指すことを止めたかったからである。こういうことは日常生活で嫌というほどやらされている。ましてや、多くの人と同じ方向に突き進むことにも違和感を感じていた。これも日常でいくらでも経験(強要!?)させられる。縄文杉はもちろん屋久島そのものであるが、この1点を見る代わりに、周りにある物を見落とす気がしていた。
実際行って感じたことは、
私にとっての「真実」はやはり、周りにこそに存在していたのだと思う。汎神論的世界観と言うべきか、屋久島の全ての木々に屋久島たる所以は内在している。確かに屋久島の自然の中でも、3000年も生き残ってしまった木の存在は別格だろう。森の中を歩いていても、巨木はすぐに目に付く。が、それを周りの存在物と区別することを、老齢の木々は望んでいるようには見えなかった。
屋久島の自然で最も感銘を受けたのは、ヤクスギランドと呼ばれるチープな名前だが、奥まで行くと立派な自然に触れ合える場所。ここに貼っている写真を見ると、まるで廃墟のように見えるかもしれない。
倒木更新や切株更新などと呼ばれるそうだが、ここでは枯れ木や倒木、伐採後の切株や切り残しでさえ、木の「死」ではなかった。新しい木がそこから生まれる命そのものである。
ここの木にとって、死は生の対義語ではないのか? あるいは、生の一部分ととらえるべきか? そもそも、それは死ではなかったのか?
つまり新しい木の母体となり朽ちた木は、その新しい木と何をもって別の個体と認識しうるのか?
(DNA的には見分けられるのかもしれないが)木にとっての死は何であるか、今までの私の常識では理解出来なかった。恐らくここから、私の環境問題はスタートする予感がする。
命のリレーという言葉を図らずも思い出した。
私が屋久島で見た「死」を理解出来ないのは、意識による個の自覚で成り立つ人間の生と死の常識に生きているからだろう。だがそう考えると、人間や都市における「死」もよく分からなくなる。
屋久島へ行く前日、群馬県立近代美術館で磯崎新展を鑑賞した。消化不良のまま見終えたが、改めて見直せば、違った見方が出来るかもしれない。
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このあと何回か、屋久島で感じたことについてエントリを上げる予定








