2010年、今年の目標など
明けましておめでとうございます。
今年は私にとって大きな変化が訪れそうです。今まで対外的には全てこの名前で通してきましたが、今年からは本名での仕事が増え、飯山満との「分担」をより明確にします。
昨今、仕事としての写真の意味が変わってきたことを感じます。そして、自分の写真はプロの部分である必要があるのかとも思っています。というのも、(写真の)プロの概念が変化し、それにこだわる必要がなくなってきたからです。もちろん「プロ」という響きに憧れと誇りを持ってきたのも事実ですが。
現在の労働市場における写真稼業を考えると、自分にとって特に2つの課題があります。まず、自分が撮れるものと今のビジネス的ニーズが一致していないこと。次に、そもそもビジネスとして写真撮影が成り立ち難くなってきたこと。もちろん相当の技術とセンスを持っている人は、今のままで大丈夫だと思いますが、その数はどんどん減っていくでしょう。私のレベルでは、これ1本でいくには辛いかなというのが正直なところです。
各種メディア(特に雑誌媒体)で目にする「プロカメラマン」の写真は、読者に共感を呼び起こすような「いい雰囲気」の写真です。また物撮りなど、今までプロに頼んでいた写真を一般の人が撮れるようになりました。デジカメと撮影ボックスで、そこそこの物撮りが出来ます。さらにそれがベストエフォートのレベルで十分なことに、多くの人が気がついてしまいました。
両者に共通するのが、少し素人っぽいけど、皆が分かるそれなりに「いい写真」。これは決して悪いことではなく、技術の進歩と時代の要求の一致点がここにあります。色々な「いい写真」を見るたび、「私が仕事で写真を撮る意味はないかもな」と思うことがしばしばです。となると、主たるビジネスとしてこの領域で私がプロカメラマンであり続けるのは危険であり、むしろこれらの写真を延ばし広める方向が適しているのかもしれません。
また、写真においては、プロとアマという区別以外に、ビジネスとシリアスという分け方がミックスされてくるでしょう。プロとビジネスのかぶる範囲は大きいですが、プロでシリアスももちろん有り得ます。また当然アマでシリアスも、アマでビジネスも若干成り立ちます。
飯山満の写真としては、プロであるよりもシリアスな方向でエッジを立たせた活動に向かいます。安易に理解や共感を求めず、突き抜けてみることが目標です。これって、いわゆる「芸術家」としては普通のことかもしれませんが。逆にこの方向こそが、生き延びる道ではないかと思っています。
追記:概念などを具体的に書けていないので、論でなく単なる想い程度の文章として読んでください。








