[満] Man IIYAMA Photography » blog http://www.iiyamaman.com 写真家・飯山満(Man IIYAMA)のサイト Mon, 02 Jan 2012 14:13:23 +0000 ja hourly 1 http://wordpress.org/?v=3.3 お酒に合うミートボールという新発見 #883sco http://www.iiyamaman.com/archives/201104/first-impression-of-883s-and-co?utm_source=rss&utm_medium=rss&utm_campaign=first-impression-of-883s-and-co http://www.iiyamaman.com/archives/201104/first-impression-of-883s-and-co#comments Sun, 17 Apr 2011 13:19:10 +0000 飯山満 http://www.iiyamaman.com/?p=2126 ミートボールに群がる参加者たち

ミートボールを撮ろうと群がる参加者たち

 ミートボールというと、弁当箱の中にドロッと甘辛いタレで漬けられた、子供は好きだけど、舌が肥えたら美味しいとは思わない食べ物。そんなイメージでした。

 資生堂パーラーが4/29にオープンするという、NYCスタイルのミートボールとアイスキャンディの店「883S&Co」(ハチハチサン、エスアンドコ)。先日、その試食会に招かれ、越谷レイクタウンへ行ってきました。

 イベントや店の様子についてはコグレさんや松村さんが詳しく書いているので、そちらを見てもらうとして、私の方は超個人的な食感を。

・ネタフル:越谷レイクタウンにできるミートボール専門店「883 S&Co.」ブロガーイベント #883sco
・TAROSITE:ミートボールとポップバーのチョイスが楽しい – 883 S&Co.激写イベント #883SCo

スパイシーポークとエビスビール

スパイシーポークとエビスビール

 私は、スパイシーポークにマンハッタントマトソース、ベーグルというセットメニューを注文しました。このスパイシーポークは、国産の豚肉にグリーンペッパーを加えたものらしく、ビールに合います。とても合います! しかもエビスビールの小瓶という憎いチョイス。これでビールが進まないわけがない。

 ミートボールに対するイメージが変わりました。なお、この店はアイスキャンディーも売りで、ショッピングモールという場所柄、家族の誰でも、若者のグループでも楽しめる店になりそうです。
 
 お招きいただき、ありがとうございました。

]]>
http://www.iiyamaman.com/archives/201104/first-impression-of-883s-and-co/feed 0
目線は下からの船上お花見+α体験(2011年の桜番外編) http://www.iiyamaman.com/archives/201104/bloom-2011-extra?utm_source=rss&utm_medium=rss&utm_campaign=bloom-2011-extra http://www.iiyamaman.com/archives/201104/bloom-2011-extra#comments Sun, 17 Apr 2011 07:40:41 +0000 飯山満 http://www.iiyamaman.com/?p=2060 凄いブロガーさん達とスカイツリー

凄いブロガーさん達とスカイツリー

 このブログでもたびたび登場するブログの師匠から突然、「明日、船で隅田川方面に出ますがきます?」と連絡が。船から花見とは風流だということで、参加させてもらうことに。

 しかし、今回の「旅」は驚き・発見の連続でした。集合場所に着くなり驚いたこと。

  1. あの凄いブロガーさんたちが集結。こんな方こんな方こんな方からこんな方まで。
  2. 屋形船にでも乗るのかと思ったら、その凄い方たちが自らプレジャーボートを操縦してのクルーズ。船はヤマハ発動機のAS21という屋根なしのモデル。撮影にはちょうどよかったです。

 勝どきから隅田川を遡上し一路浅草の桜へ。隅田川に掛かる橋は1本1本デザインが異なり、見ていて飽きないんですよね。浅草では観光船に並ぶ人を横目に見ながら、船からちょっとした優越感の花見。自分たちで操船するので、ルールに従えば停船することも可能なんですね。

 3つめの驚き。この花見はなんと前座だったのです。

聖橋を川から見上げる

聖橋を川から見上げる

 隅田川を引き返し、船はある場所でと右折。小さな水路に入りました。ここは神田川、御茶ノ水駅の横(下)を流れているあの川です。普段見慣れた風景が全く別のアングルから見える。御茶ノ水駅の地下鉄とJRの交差を下から見られるなんて、考えてもみなかったです。というか、こういう所に船で入れちゃうんですね。

神田川の護岸は江戸以降の歴史

神田川の護岸は江戸以降の歴史

 神田川(のこの区間)は、江戸時代に人工的に作られた川だそう(Wikipedia)で、両岸には時代時代によって護岸が重層的になっています。この写真の左側が江戸時代のオリジナル。中央のレンガは明治時代に鉄道開通にともなって出来、右のコンクリート?は恐らく昭和でしょうか。

 写真にはないですが、石の大きさがもっと不揃いな、いかにも城壁のような岸壁も、この先進む日本橋川では見られました。


日本橋川に架かる首都高と桜

日本橋川に架かる首都高と桜

 その神田川とちょうど飯田橋駅付近で合流する日本橋川へと帆先を左に変えると、こんな光景が広がりました。

 桜ももちろん綺麗なんですが、首都高の高架を見上げるという何ともレアな体験。首都高は、普通ではありえない突貫工事で作られたそうで、ツタが伸びるような不思議な広がり方。それ自体は無機質な道路ですが、なんとも生物的な佇まい。

 見ていくと、これもまた橋脚や各部のパーツに統一感が殆ど無い(個性的?)。これで半世紀近く建っているわけですから、神田川でも使われた築城・土木技術が連綿と東京で受け継がれているんでしょう。

 今回、同乗の皆さんと話をして分かったことは、(彼らだけかもしれませんが)著名なブロガーというのは、ツールにフォーカスするとブロガーという呼び方になりますが、まず知識人・教養人なんですよね。ブログによって発信の敷居が下がったとは言え、もしそれがなかったとしても、その時代の何らかの技術で発信できる人達だと思います。それが今回最後の驚き・発見でした。

【関連するブログ】
[の] のまのしわざ:お花見は船からが新鮮! 新米船長大集合のお花見クルーズ(前編) #yamahaboat

]]>
http://www.iiyamaman.com/archives/201104/bloom-2011-extra/feed 0
写真とコミュニケーションの形ーサイボウズのDrCropの発表会にて http://www.iiyamaman.com/archives/201104/photography-as-a-communication?utm_source=rss&utm_medium=rss&utm_campaign=photography-as-a-communication http://www.iiyamaman.com/archives/201104/photography-as-a-communication#comments Fri, 15 Apr 2011 15:17:20 +0000 飯山満 http://www.iiyamaman.com/?p=2049  サイボウズが新しく設立したサイボウズスタートアップスがリリースした、「DrCrop」というスマートフォン用アプリの説明会に参加してきました。

 これは、予め用意されたパーツ画像と実際に撮影する映像を合成し、ソーシャルメディアを使って共有するアプリです。詳細はこのUstreamを見てもらうとして、配信終了後のディスカッションが、写真の幅を考える上で非常に参考になりました。

 

 普段どんなカメラで撮るかという問いかけに、私も含め参加者の大半がiPhoneなどスマートフォンと回答。逆にデジタル一眼レフを使うとき、その使い分けの根拠は何かという質問から、議論が加速しました。


 今回も私のブログの師匠であるいしたにさんが的確に指摘してくれました。確か以下のような感じでした。
・コミュニケーション・共有としての写真(しかも即時的に)・・・A
・まず写真ありきで、そこからコミュニケーションか何かが生まれる・・・B

 Aではtwitter、instagramなど共有して楽しむことを目的(前提)とした撮影。Bはより表現的というか、写真好きな人のアプローチ。写真への反応はその後に訪れるかもしれません。当然AではiPhoneなど、Bではより高画質なデジタル一眼レフという区分けが標準的で、写真としての完成度も(伝統的な考えでは)Bが上と言ってよいでしょう。もちろん画質以上に、ネットへのアップロードのしやすさについても、いしたにさんは言及していました。

 そこから、今回のアプリに関しても、合成の完成度とリアリティの問題が俎上に載せられました。
・いかにも合わせましたという違和感・・・B’
・上手に合成され、合成かどうか分からないくらいのクオリティ・・・A’

 みなさんは、どちらの合成が好きですか? あるいは今回のアプリに適していると思いますか? 私はB’派です。いかにも合成ですという、取ってつけた感がツッコまれる余地を作り、多くの人の反応を誘うと思うからです。一方で、画像合成技術を高めること自体は、チャレンジすべきことです。

 また、合成と共有というコンセプトから、会場からはプリクラとの関連性を指摘する声も多く聞かれました。プリクラは、あの狭い個室だからこそ楽しめ、普段はしない表情などを一緒に出来るから面白いのだと。このゲーム感覚を物理的に閉ざされてはいないネット空間でどの様に実現させるかも、普及の鍵を握りそうです。全ては、このアプリのコンセプト、ターゲット戦略次第になるのでしょう。今後の展開に注目しています。

 アプリは現在Androidマーケットからのみ入手可能で、iPhone版は5月リリース予定とのことです。

]]>
http://www.iiyamaman.com/archives/201104/photography-as-a-communication/feed 0
震災から一ヶ月、今自分たちに出来ることを http://www.iiyamaman.com/archives/201104/do-something-what-i-can-after-earthquake?utm_source=rss&utm_medium=rss&utm_campaign=do-something-what-i-can-after-earthquake http://www.iiyamaman.com/archives/201104/do-something-what-i-can-after-earthquake#comments Wed, 13 Apr 2011 15:23:08 +0000 飯山満 http://www.iiyamaman.com/?p=2019 シルエットの森惇哉 氏

シルエットの森惇哉 氏

 東日本大震災からちょうど一ヶ月の4月11日、「震災とソーシャルメディアの今、そして私たちに必要なスキルとリテラシー」と題したチャリティイベントに(主催者として)参加してきました。

 内容はタイトルを見ての通りで、今個人的にも注目している若手3人(江口晋太朗イケダハヤト森惇哉)が競演し、後半は参加者を交えたグループディスカッションを行いました。

 自分は撮影係に専念したため、ディスカッションも参加できず、登壇者の話もちゃんと聞けなかったのですが、個人的には森さんのこの発言が一番グッと来ました。それを伝えるイケダさんのtweetをここに紹介します。



#411social 今後の支援においては、「P to P(ジブンの知っている人、好きな人を助けてあげること)」が大切だと @junyamori さん。広く捉えるのではなく、ジブンゴト化した個との繋がりの間で支援する。うーん確かに。less than a minute ago via HootSuite Favorite Retweet Reply


 支援というと大きなことを考えすぎて、逆にそれが出来ないことへの無力感に苛まれることがあります。全員が全員、今の被災地に行って役立つわけでもないので、東京に残る人はその範囲で身近なところで出来ることをやるということです。

 イケダさんのテーマは「マイプロジェクト」。マイプロジェクトとは、問題意識を共有する有志の仲間によるプロジェクト型の社会貢献活動だそうです。ソーシャルメディアと呼ばれるネット上の様々なツール・サービスを活用することで、個人が集結し活動を進めることが容易になりました。そのような方向へ、特に働く人のあり方、社会の形も少しずつ変わっていくのでしょう。

 元自衛官でもある江口さんの発言で印象に残ったのは、震災への備えに関して。新しいものを用意する以上に、日頃から接し慣れている道具や手段を使い、いかに危機的状況に対応するかが大事であると。確かにサバイバルの本質はそこにありますね。

 3氏から共通して受け取れたのは、必ずしも新しくて大きなことをする必要はなく、自分の身の丈に合った行動を積み重ねることで、自分も他者も助けられるということです。

 参考:当日のtweetまとめ(togetter)

]]>
http://www.iiyamaman.com/archives/201104/do-something-what-i-can-after-earthquake/feed 0
2010年、今年の目標など http://www.iiyamaman.com/archives/201001/first-post-2010?utm_source=rss&utm_medium=rss&utm_campaign=first-post-2010 http://www.iiyamaman.com/archives/201001/first-post-2010#comments Sun, 03 Jan 2010 06:03:08 +0000 飯山満 http://www.iiyamaman.com/?p=1261  明けましておめでとうございます。

 今年は私にとって大きな変化が訪れそうです。今まで対外的には全てこの名前で通してきましたが、今年からは本名での仕事が増え、飯山満との「分担」をより明確にします。

 昨今、仕事としての写真の意味が変わってきたことを感じます。そして、自分の写真はプロの部分である必要があるのかとも思っています。というのも、(写真の)プロの概念が変化し、それにこだわる必要がなくなってきたからです。もちろん「プロ」という響きに憧れと誇りを持ってきたのも事実ですが。

 現在の労働市場における写真稼業を考えると、自分にとって特に2つの課題があります。まず、自分が撮れるものと今のビジネス的ニーズが一致していないこと。次に、そもそもビジネスとして写真撮影が成り立ち難くなってきたこと。もちろん相当の技術とセンスを持っている人は、今のままで大丈夫だと思いますが、その数はどんどん減っていくでしょう。私のレベルでは、これ1本でいくには辛いかなというのが正直なところです。

 各種メディア(特に雑誌媒体)で目にする「プロカメラマン」の写真は、読者に共感を呼び起こすような「いい雰囲気」の写真です。また物撮りなど、今までプロに頼んでいた写真を一般の人が撮れるようになりました。デジカメと撮影ボックスで、そこそこの物撮りが出来ます。さらにそれがベストエフォートのレベルで十分なことに、多くの人が気がついてしまいました。

 両者に共通するのが、少し素人っぽいけど、皆が分かるそれなりに「いい写真」。これは決して悪いことではなく、技術の進歩と時代の要求の一致点がここにあります。色々な「いい写真」を見るたび、「私が仕事で写真を撮る意味はないかもな」と思うことがしばしばです。となると、主たるビジネスとしてこの領域で私がプロカメラマンであり続けるのは危険であり、むしろこれらの写真を延ばし広める方向が適しているのかもしれません。

 また、写真においては、プロとアマという区別以外に、ビジネスとシリアスという分け方がミックスされてくるでしょう。プロとビジネスのかぶる範囲は大きいですが、プロでシリアスももちろん有り得ます。また当然アマでシリアスも、アマでビジネスも若干成り立ちます。

 飯山満の写真としては、プロであるよりもシリアスな方向でエッジを立たせた活動に向かいます。安易に理解や共感を求めず、突き抜けてみることが目標です。これって、いわゆる「芸術家」としては普通のことかもしれませんが。逆にこの方向こそが、生き延びる道ではないかと思っています。

追記:概念などを具体的に書けていないので、論でなく単なる想い程度の文章として読んでください。

]]>
http://www.iiyamaman.com/archives/201001/first-post-2010/feed 0
【Blog Action Day 08 】ストリートチルドレンの絵 http://www.iiyamaman.com/archives/200810/blog-action-day-08?utm_source=rss&utm_medium=rss&utm_campaign=blog-action-day-08 http://www.iiyamaman.com/archives/200810/blog-action-day-08#comments Wed, 15 Oct 2008 12:05:53 +0000 飯山満 http://www.iiyamaman.com/?p=210  今日10月15日は、Blog Action Dayです。Blog Action Dayとは、

 Blog Action Dayは、世界中のブロガーや、ポッドキャスター、ビデオブロガーが、年に一度、同じ日に同じ話題について取り上げるということに挑戦している非営利のイベントです。インターネット上で、グローバルなテーマについての興味が喚起され、議論のきっかけとなることを目指しています。

 普段、貧困について考えることはありませんでしたが、偶然、ストリートチルドレンの支援活動に関わる機会に恵まれました。(具体的には現段階で書けません)

 ストリートチルドレン芸術祭というのは、ストリートチルドレンに絵を描いてもらい、それをカレンダーにして販売することで、彼らを支援する団体の援助を行っている国内の組織です。

 先月、2009年のカレンダーに使われる絵の選考が終わりました。が、選外にもたくさんのすばらしい絵がありました。

 ストリートチルドレンといえば、貧困や格差の象徴的存在と言ってもいいでしょう。絵の中には、少年兵や(性的)虐待などの記憶を反映した作品もあります。しかし多くの絵が、その境遇にもかかわらず、暗いものばかりではありません。夢や希望にあふれていました。それに励まされ癒される面もあり、他方それを絵(=空想)の中でしか描けない、つまり逃げ道として存在する表現の過酷さを実感することにもなりました。

 まだ具体的には何もありませんが、ウェブやアートでどういった社会貢献が出来るか、考えるきっかけになりました。「ドネーション2.0」というワードだけは浮かんでいるのですが・・・(笑) これがウェブにおける自分の方向性かなという予感もあります。

]]>
http://www.iiyamaman.com/archives/200810/blog-action-day-08/feed 0
[展評]出来上がりの心地よさに潜む危険性=バウハウス展 http://www.iiyamaman.com/archives/200806/exhibition-bauhaus-dessau-ueno?utm_source=rss&utm_medium=rss&utm_campaign=exhibition-bauhaus-dessau-ueno http://www.iiyamaman.com/archives/200806/exhibition-bauhaus-dessau-ueno#comments Wed, 25 Jun 2008 12:57:47 +0000 飯山満 http://www.iiyamaman.com/?p=179 ※このエントリの画像はflickrへのリンク
IMG_0344 東京藝術大学美術館で開催されている(2008年4月26日〜7月21日)、バウハウス・デッサウ展のブロガー向け特別鑑賞会に参加してきました。
 今回はアート系、先月参加したエプソンの企画もそういう方面。ギークな世界でなく、こういったジャンルでもブロガーを積極的に使う動きがあるようで、嬉しい限りです。さすが、主催が「web first」の産経新聞社です。
 私が最初に垣間見たブロガーたちがテクノロジー系だったため、ブロガー界の狭さを感じていたのですが、今日の来場者は年齢も見た目もバラバラ。メディアとしての限界論も出ているブログですが、多くの人はブログで今日食べたもの以上のことを書き、現実と関わりたいのかもしれません。広がるだけ広がった後、内容の深化が起こっているのでしょうか。ブログは、まだまだ行けるかな!?。

ーーー
展覧会そのものの感想は、

 見慣れている故だろうか、椅子を見ると安心感というか心地よさを感じてしまう。「あー、バウハウスだ」って感じ。が、作成当時それが革新的であったとすれば、その作者は今までにない感覚、ある種の違和感さえ持ったのではないだろうか。
 逆に言うと、我々が何かをデザインし、出来上がりに心地よさを感じたとしたら、それは危険ということだ。その居心地の良さは、すでに良いとされスタンダードになった要素から受ける影響が大きい。既存の、良いとされている枠に上手く収まったことに無批判であってはならない。
 不安定や違和感、不均衡、先鋭さといった落ち着かない感覚といかに付き合うか、制作者として考えさせられる。

IMG_0338 その観点からもう一度作品を見直すと、今見てもそういった感覚を与える作品と、現在スタンダードになってしまったため、過去にさかのぼらないと分からない作品があることに気づく。とりわけ後者は、バウハウスの最終目標である建築や工芸に多い。つまり「ここがこの既視感の源流だったのか」と。

 バウハウスのデザインとして一般的に評価されるものに私があまり面白さを感じず、その過程上に位置づけられる制作物、特に写真やクレーの絵画、あるいは実現し得なかったプロジェクトに興味をひかれてしまうのは、その辺が理由かもしれない。

 総論としては、バウハウス史の一時代であるデッサウに特化しつつも、これ一つでバウハウスの多様性を見ることが出来る貴重な展覧会であった。

ーーー
IMG_0325 今回のブロガーイベントは、「一定の条件の下」で撮影が可能でした。個々の作品を撮らない、フラッシュ禁止、人の特定が出来る撮り方をしない・・・
 結構、皆さん係員に注意を受けていました。私も注意されました。(→これがその時の「問題作」)個々の作品を撮っているのではないかと。バウハウス風に遠近感をつけた構図を狙っていたのですが、「作品の著作権が」とのこと。そもそも三脚も照明もなく、高感度を余儀なくされるスナップレベルの撮影で、原著作物の権利が侵害されるものを作れるとは思えません。
 撮影OKは画期的でしたが、いらぬトラブルを避けるためにも、撮影可能な作品を限定するなどの工夫が必要だったのではないでしょうか。お互い、心理的負担が軽減されます。

追記:IZAでこの模様が取り上げられています。http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/156270

]]>
http://www.iiyamaman.com/archives/200806/exhibition-bauhaus-dessau-ueno/feed 1
屋久島で縄文杉を見に行かなかった理由 http://www.iiyamaman.com/archives/200806/not-watching-jyoumonsugi?utm_source=rss&utm_medium=rss&utm_campaign=not-watching-jyoumonsugi http://www.iiyamaman.com/archives/200806/not-watching-jyoumonsugi#comments Mon, 23 Jun 2008 14:21:59 +0000 飯山満 http://www.iiyamaman.com/?p=178 ※このエントリの画像はflickrへのリンク

IMG_0165 現実的には単純往復で10時間もかかる上、撮影に集中すると同じ場所に長時間いてしまうため。帰りのバスに乗り遅れる危険性が高いから。

であるが、
本質的には、

 ある一つの象徴的な目的地を目指すことを止めたかったからである。こういうことは日常生活で嫌というほどやらされている。ましてや、多くの人と同じ方向に突き進むことにも違和感を感じていた。これも日常でいくらでも経験(強要!?)させられる。縄文杉はもちろん屋久島そのものであるが、この1点を見る代わりに、周りにある物を見落とす気がしていた。

実際行って感じたことは、

 私にとっての「真実」はやはり、周りにこそに存在していたのだと思う。汎神論的世界観と言うべきか、屋久島の全ての木々に屋久島たる所以は内在している。確かに屋久島の自然の中でも、3000年も生き残ってしまった木の存在は別格だろう。森の中を歩いていても、巨木はすぐに目に付く。が、それを周りの存在物と区別することを、老齢の木々は望んでいるようには見えなかった。

IMG_0108 屋久島の自然で最も感銘を受けたのは、ヤクスギランドと呼ばれるチープな名前だが、奥まで行くと立派な自然に触れ合える場所。ここに貼っている写真を見ると、まるで廃墟のように見えるかもしれない。
 倒木更新や切株更新などと呼ばれるそうだが、ここでは枯れ木や倒木、伐採後の切株や切り残しでさえ、木の「死」ではなかった。新しい木がそこから生まれる命そのものである。

 ここの木にとって、死は生の対義語ではないのか? あるいは、生の一部分ととらえるべきか? そもそも、それは死ではなかったのか?
 つまり新しい木の母体となり朽ちた木は、その新しい木と何をもって別の個体と認識しうるのか?
(DNA的には見分けられるのかもしれないが)木にとっての死は何であるか、今までの私の常識では理解出来なかった。恐らくここから、私の環境問題はスタートする予感がする。

命のリレーという言葉を図らずも思い出した。

IMG_0102 私が屋久島で見た「死」を理解出来ないのは、意識による個の自覚で成り立つ人間の生と死の常識に生きているからだろう。だがそう考えると、人間や都市における「死」もよく分からなくなる。
 屋久島へ行く前日、群馬県立近代美術館で磯崎新展を鑑賞した。消化不良のまま見終えたが、改めて見直せば、違った見方が出来るかもしれない。

ーーーー
このあと何回か、屋久島で感じたことについてエントリを上げる予定

]]>
http://www.iiyamaman.com/archives/200806/not-watching-jyoumonsugi/feed 0
サイトリニューアル中 http://www.iiyamaman.com/archives/200805/renewal-my-website?utm_source=rss&utm_medium=rss&utm_campaign=renewal-my-website http://www.iiyamaman.com/archives/200805/renewal-my-website#comments Mon, 26 May 2008 11:27:58 +0000 飯山満 http://www.iiyamaman.com/?p=164 サイトリニューアル中です。

  1. WordPress MEからWordpressの日本語版2.5.1に入れ替え
  2. データベースの速度が遅いため、レンタルサーバー変更
  3. デザイン変更。もう少し、写真とデザインをやっていることが分かるように

 DNS変更に数日を要すると聞いていたので、その間に移行作業を行うつもりが、1時間足らずで完了してしまい、大慌てて作業してます。
 Wordpress MEとWordpress日本語版のサムネイルのURI生成に違いがあったり、新しいWordpressに独自ドメインを設定したら、不具合出まくったりしましたが、何とか見られるところまで来ました。
 まだ、表示されない画像やリンク切れ、CSSの不良などありそうです。気が付いたところから一つずつ・・・

]]>
http://www.iiyamaman.com/archives/200805/renewal-my-website/feed 0
役に立たない話に本質的な要素が宿るーAMN勉強会 http://www.iiyamaman.com/archives/200803/something-essencial-in-useless?utm_source=rss&utm_medium=rss&utm_campaign=something-essencial-in-useless http://www.iiyamaman.com/archives/200803/something-essencial-in-useless#comments Tue, 18 Mar 2008 12:03:03 +0000 飯山満 http://www.iiyamaman.com/archives/200803/something-essencial-in-useless 3/17(月)夜、AMNの第4回ブロガー勉強会に参加してきました。
4人の発表者が、ブログ執筆についての考え・技術を披露するというもの。
こうした勉強会に参加したのは初めてでしたが、多くの参加者がしっかりメモし、あるいはノートパソコンで記録していました。質疑応答もシーンとならない、質の高い勉強会だったと思います。

内容は、非常に役に立つ話(このエントリにある画像は、美谷さん紹介のSimpleAPIを使用)と、役に立たない話に分かれました。特に会社員としてブログを書く、湯川さん、秋元さんの話が後者にあたります。

彼ら二人の存在は特殊で、誰にでも真似出来るものではありません。
が、ここで言う「役に立たない話」というのは否定的側面でなく、そういった話の中に本質的な何かが含まれるという意味です。

それを感じることが出来たのは、会場で今回最大のキータッチ音を記録した時。
それは、湯川さんが「ブログをやっていてよかったことは『夢がかなう』こと」と発言した時だったからです。あの晩、参加者の間で共有できた感覚だったと思います。

秋元さん言うところの、テーマを立てブログを続ければ、自然と自分の指向に合ったオファーに結びつく、というのも同じことでしょう。

今回の勉強会・その後の懇親会での交流を通じ、初めて一人のブロガー(ブログを書く人)としてスタートが切れた気がする、そんな経験をさせてもらいました。発表者・スタッフ・参加者の方々に感謝します。

]]>
http://www.iiyamaman.com/archives/200803/something-essencial-in-useless/feed 0